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エッセー公募「ルミレアネッセ」とはなにか

はじめまして、オーガナイザーの逢坂千紘(あいさかちひろ)です。

「ルミレアネッセ」にお越しくださり、ありがとうございます。

ここは〈リトルプレスで出版するちいさなエッセーの応募〉ができるところです。ふだんは文章を書かないひとでも、活字をあまり読まないひとでも、だれでも気軽に応募ができます。順を追って自己紹介していきますので、ゆっくりご味読いただければさいわいです。

リトルプレスとは?

まず、リトルプレスというのは、小規模な出版という意味です。ただ、それは単に小さいだけではなくて、ハンドメイドのアクセサリーのように、ひとつひとつじぶんたちの手で本づくりできるという特製的な意味でもあります。

実際に、本づくりが好きなひと、本が好きなひとのあいだで人気のある出版ジャンルで、池袋のジュンク堂というおおきな本屋さんにも「リトルプレス」のコーナーがあるほどです。

なぜリトルプレスなのか?

それは「純度と密度をできるだけ下げないままアツアツの本をお届けしたいから」のひとことに尽きます。どんなにささいな決定も、企画も、仕上げも、お届けも、じぶんたちの扱えるかたちでやりたい、というのがハンドメイドの純度と密度の魅力だと思います。

ピュアな本を、ピュアなまま。じぶんたちのやりたいことと合わせた上で、それがどこまで実現できるか、どこまでハンドメイドの理想に近づけるか。そういったチャレンジがリトルプレスにはあります。私たちもまた、じぶんたちのやりたいことをリトルプレスで挑戦したいと思いました。

やりたいことって、ちいさなエッセー!

エッセーというと、人生の成功者、作家業のベテラン、芸能人のようなテレビと映画の人気者、芸術的なセンスがあるひと、極端なことを成し遂げたひとが書いて、書店にサイン本が大量に並ぶイメージかもしれません。

一方で、私たちが追求したいのは《そうじゃないエッセー》です。

明日には忘れられてしまうかもしれない生活のかけらを、できるかぎり丁寧に掬いあげたい。そういう気持ちからえがかれるエッセーを大事にしたい。フォロワーもいない、バズもイイネもないオフラインの部屋のなかで、確かに《わたし》が生きていたことを遺忘しないように、祈るようなエッセーをえがきたい、読みたい、という考えのもとリトルプレスの書籍をつくります。

なぜちいさなエッセーなのか?

じぶんじしんに掛けてあげたいことばというのは、なぜかじぶんでは言えないものです。だれかと会話しているとき、映画を観ているとき、本を読んでいるときに出会った《だれかのことば》を通すことでしか、じぶんに必要なことばは受け取れません。

ちいさなエッセーが目指すのは、だれかの生活に根ざしたリアルなことばが、味読したひとの心のどこかにそれぞれのかたちでしっかりと根を下ろすことです。そのために心をこめて発信すること、祈りを忘れずにお届けすること、そのためのことばであることがちいさなエッセーの本懐だと思います。

なぜだれでもちいさなエッセーをえがけるのか?(1)

それはちいさなエッセーを書くために必要なものが、みなさんの生活にきっとあるからです。

たとえば、スーパーマーケットのレジで「アイスのスプーンをください」と言ったら、担当者が「アイヌのスプーン」と聞き間違えて、インカムで店長を呼び出して、民芸品の取り扱いがないかどうか尋ねるという珍妙なことが、ごくごく日常のなかにあります。

それを家族や友だちに話すか話さないかで言えば、もしかしたら話さないで忘れてしまうかもしれません。だけど、その出来事にスポットライトをあててみせることで、だれかが笑ってくれたり、不思議がってくれたり、そういうことが他の世界でも起こっていることにちょっぴり安心したりするものです。

そういう出来事にちょっと光をあててみることは、むずかしいことではありません。だから「だれでもえがける」のですが、いきなりやってくださいと言われてすんなりいくものではないのも確かです。

なぜだれでもちいさなエッセーをえがけるのか?(2)

そこでもうひとつ、こちらは「えがいてもらう側」の私たちのほうでやっておく技術的な準備です。

いくらおもしろい日常を過ごしていても、やっぱり忘れてしまうのが人間というものです。では、「忘れてしまうならば思い出せるようにすればいい」という(書籍づくりの)技術の話として、私たちは《企画》をいくつか用意しています。

たとえば、「思い出のイキリ」という企画では、幼かったころ、じぶんがどんなことで誇っていたのかを思い出してみる企画です。私の場合は、カタカナのついているガムやアメやジュース(バブリシャス・ヴェルタースオリジナル・リプトン)を常飲常食することで、すごく強くなったように感じていました。それも、けっこう本気で。

こういう《おもしろいことを思い出せる企画》が先にあれば、あとは答えるようにしてスルスルと思い出せるのではないでしょうか。つまり、「さあ! あなたのおもしろいエッセーをえがいて!」ではえがけなくても、「こういうことってなかった?」という問いに答えるかたちなら、なんだかひとつぐらいならえがけそうな気がするし、エッセーの題材も見つかるものです。

世界一周をしていなくても、北極に派遣されていなくても、百歳まで生きていなくても、あなたはきっとおもしろい経験をしているはずだから、私たちはそれを思い出してもらうお手伝いをしながら、一緒に本をつくっていけたらいいなと思っています。

ルミレアネッセの名前について

最後に、私たちの名前についてです。

「Les Mille et Un Essais(ルミレアネッセ/ル・ミル・エ・アン・エッセ)」というのは、千と一つのエッセーという意味で、アラビアンナイトで知られる『千夜と一夜の物語』のフランス語「Les Mille et Une Nuits(ル・ミレ・ユンヌ・ニュイ)」に由来しています。

個人の人権なんてなかった時代に、シェヘラザードというひとりの女性が、傲慢で理不尽な王に対峙して、じぶんたちが殺されないように1001日も《ものがたり》を語りました。

生きるためにことばを語る――。シェヘラザードにとってのことばは、生きることと直結しています。ことばは刃物にもなれば、くつろぎにもなり、存在の住処にもなるし、生きることへの切実な想いを託せるものにもなります。

ことばとともに生きたい、ことばとともに生きよう。――「ただのおもしろい企画」で終わらせないように、たくさんのことばを収録する「本」であることの意味を忘れないように、そういう願いをこのタイトルにこめました。

とはいえ、あまり重たくとらえすぎず、わくわくしながら本をつくることがリトルプレスの醍醐味です。みなさんの生のことばを原料に、だれかの心にそっと根を張るようなエッセー集を一緒につくりませんか?

みなさんの応募を心よりお待ちしております。